先日、宿に一通の郵便が届きました。
差出人は、井河澤直之先生。
中には、真新しい一冊の本と、手書きの添え状。
「お気楽にお読みください」と、やわらかい文章で書かれていました。
以前、先生の御本を一冊ご紹介したことがあります。今日お話しするのは、その続編にあたる新しい一冊。
タイトルは『「ロボットの惑星」への道』。
わざわざ二冊目まで送ってくださったこと、まずは心からお礼を申し上げます。ありがとうございます。
前回の記事
井河澤先生の一冊目をご紹介しています(わたうさぎ日記)
大好きな『猿の惑星』が、入口だった
ページを開いて、思わず「うまいなあ」とうなりました。
本の入口が、あの『猿の惑星』なのです。
※以下はネタバレありなので注意してください。
わたしはこの映画が大好きで。
砂に半分埋もれた自由の女神を見つけて、主人公が「ここは地球だったのか」と崩れ落ちる、あのラスト。
初めて観たときの驚きと、背筋が冷えるような恐怖を、リアルに思い出しました。
先生が言いたいのは、こういうことです。
あの映画の中で起きていることが、実は、わたしたちのすぐ身近でも起きている。
遠い星の作り話ではなく、いまここの話なのだと、静かに警鐘を鳴らしていらっしゃる。それがこの本です。
「完璧な便利さ」というゆりかご
本自体は、とても簡潔です。
現代の問題点と、本来の人間のあるべき姿を、まっすぐな言葉で描いていて、とてもわかりやすい。
それでいて、言葉選びのセンスが端々に光っていて、読みやすく、心に響く一冊でした。
わたしの心に残ったのは、二つの言葉です。
ひとつは、「完璧な便利さ」というゆりかご。
家事も、仕事も、移動も、ぜんぶロボットがやってくれる。何ひとつ不自由がない。
でも、そのゆりかごの中で、人はいつのまにか「座って待つだけ」の存在に変わっていく。
もうひとつは、「身体性を失っていく歴史」。
石器時代から縄文、弥生、近代、そして今へ。
人間がだんだんと、自分の身体で生きることを手放してきた道のりを、先生はていねいに解きほぐしています。
こんな世界になってしまったのは、たしかに人間の浅はかさや愚かさが元にある。
けれど、ここに立ち向かえるのも、また人間なのだ――。
先生はそう言って、一万年以上も争いなく続いた縄文時代の暮らしに、そのヒントを見つけようとしています。
すべてを委ねた先に待つもの
そして、いちばん確信をついていると感じたのは、この一節でした。
すべてをロボットに委ねてしまった、その先に待っているのは、家畜にも似た、人類の寂しい末路である。
読みながら、うなずかざるを得ませんでした。
便利さと引き換えに、生きる意志そのものを手放してしまう。そのこわさを、先生は逃げずに書いています。
いちばん唸ったのは、最後のしかけ
ところが、この本にはもう一段、仕掛けがあります。
先生は最後のほうで、そっと打ち明けるのです。
この本は、現在の最先端の技術である生成AIを「相棒」にして書き上げた、と。
AIを警戒する本を、AIと一緒に書いた。
先生ご自身が、その矛盾にちゃんと気づいていらっしゃる。そのうえで、AIの圧倒的な便利さという罠からは、自分も完全には逃れられないと正直に語ります。
そして、こう結ぶのです。
もし人間が「AIは賢いから間違えない」と信じ込み、自分の頭で調べることをやめてしまったら・・・
世界は、嘘の歴史や歪んだ事実で埋め尽くされてしまうのではないか、と。
これは、わたし自身への言葉だと思いました。
AIを鵜呑みにしてはいけない。頭ではわかっている。
なのに、どこかで「AIの言うことは間違いない」と思ってしまいがちな、わたしたち。
だからこそ、井河澤先生のこの真意に気づきたい。
AIに飼い慣らされるのではなく、AIと上手に共存する道を、もっとよく考えるべきだと思うのです。
ひとつだけ、わたしからの苦言
先生は、子どもたちが育つ環境にも警鐘を鳴らしています。
スマホやAIを使いこなすことよりも、泥んこになって遊んでほしい。遊びの中から、人間の営みそのものを感じてほしい。そんな願いが伝わってきました。
まったく同感です。
ただ、ひとつだけ生意気を言わせてください。
子どもは、親の鏡です。
親がいつでもスマホやAIにどっぷり浸かっていたら、子どもにだけ「それはいけないことだよ」と言うのは、やっぱり難しい。かえって反発を生んでしまう気がするのです。
だから、まず変わるべきは、わたしたち大人のほうなのかもしれません。
おわりに
火を囲んで、手を動かして、人と関わりながら暮らす。
遠回りで、手間がかかって、時々うまくいかない。
でも、その手ざわりの中にこそ、人間が人間であるための何かがある。
井河澤先生の本を読み終えて、わたしはあらためてそう感じました。
そしてそれは、わたしがこの小さな宿でずっと大切にしたいと思っていることと、静かに重なりました。
井河澤先生、すてきな一冊を、本当にありがとうございました。
また、ゆっくりお話しできる日を楽しみにしています。
あわせてどうぞ
今回の記事を書くにあたって、考察をyoutubeで語っていますので併せてご覧ください
まとめ
これだからゲストハウスはたのしい!
わたうさぎは、山形県鶴岡市にある、セルフチェックインの自由な宿。
過度なサービスはありません。そのぶん、旅人同士の一期一会や、暮らすような時間を楽しんでいただけます。
火を囲むように、手を動かして、人と関わりながら過ごす。
この本を読んで「大切だ」と感じたことが、そのままわたうさぎの日常にあります。
このブログでは、山形・鶴岡・庄内の魅力も、のんびり発信しています。
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