羽黒山の石段を歩いて五重塔の前に立つとき、多くの人が言葉を失います。
高さ約29m。室町時代に建てられた木造建築。600年以上の時を経て、今も杉並木の中にそびえる——その圧倒的な存在感の裏には、日本の木造建築技術の粋が凝縮されています。
今回は五重塔の建築的な特徴と、その歴史をご紹介します😊
→ 五重塔の「謎」(なぜ神社に仏塔があるか)はこちら(記事No.21)
基本データ
正式名称:羽黒山五重塔
高さ:約29.0m(相輪を含む)
建築様式:三間五重塔婆(さんげんごじゅうとうば)、和様(わよう)
現存する建物の建立年:室町時代(14〜15世紀)とされるが、正確な年代については諸説ある
文化財指定:国宝(1966年指定)
所在地:羽黒山参道(随神門から石段約10分)
管理:出羽三山神社
※ 五重塔の建立年については、各資料によって幅があります。「室町時代」という大枠については概ね一致していますが、細かい年代については正確にはわかっていません。
建築の歴史——いつ、誰が建てたのか
最初の塔は平安時代に
現在の五重塔は室町時代のものとされていますが、この場所に塔が建てられたのはもっと古く、平安時代(9〜10世紀頃)にまで遡るとされています。
羽黒山の修験道の開山が7世紀(蜂子皇子の時代)とされることを考えれば、信仰の場として発展していく過程で塔が建てられたのは自然な流れです。
ただし最初の塔がいつ建てられたのか、どのような形だったのかを示す明確な史料は残っておらず、詳細は不明です。
平安時代(794年〜1185年頃)
羽黒山での修験道の発展とともに、この地に最初の塔が建てられたとされる。詳細な記録は残っていない。
室町時代(1336年〜1573年)
現存する五重塔が建てられた時代。ただし正確な年代は諸説あり確定していない。建物の様式や部材の特徴から室町時代の建築と鑑定されている。
江戸時代(1603年〜1868年)
出羽三山信仰の最盛期。五重塔も聖地の一部として多くの参拝者に親しまれた。修理・補修が行われたとされるが詳細記録は少ない。
明治時代以降(1868年〜)
廃仏毀釈の嵐の中でも取り壊しを免れ、現在に至る。1966年に国宝指定。以降、定期的な修理・保存事業が行われている。
建築の特徴——日本の木造技術の粋
三間五重塔婆(さんげんごじゅうとうば)という形式
羽黒山五重塔の建築様式は「三間五重塔婆」と呼ばれます。
「三間(さんげん)」とは、建物の正面の柱と柱の間が3つあることを示します。五重塔の中では標準的な規模です。「和様(わよう)」は、奈良・平安時代以来の日本固有の建築様式で、大陸(唐)から伝わった建築様式が日本化したものです。
羽黒山の五重塔はこの和様を基本としており、過剰な装飾を排した端正な美しさが特徴です。
心柱(しんばしら)——地震に強い構造の秘密
五重塔の内部には「心柱(しんばしら)」と呼ばれる中心柱が一本、塔の中心を貫いています。羽黒山の塔では、この心柱の周囲を四天柱(してんばしら)が囲み、外周の柱と各重の屋根・組物が協力して塔を支えています。
五重塔が地震に強いとされる理由は、心柱だけにあるわけではありません。積み上げられた各重(各層)がある程度独立して「互い違い」に揺れることで地震の力を分散・吸収し、心柱は各重の揺れの偏りを抑える「かんぬき」のような中心軸として働きます。心柱は建物の重みをがっちり支える柱ではありません。
地震の多い日本で五重塔が何百年も立ち続けてきた背景には、こうした木造ならではのしなやかな構造があるとされています。現代の超高層ビルの制振技術にも通じる発想が、数百年前の木造建築に込められていたことは驚くべきことです。
※ 五重塔の耐震メカニズムには諸説あり、現在も建築学的な研究が続いています。各重の互い違いの揺れによる分散、大屋根の制振、心柱の働きなど複数の要素が指摘されていますが、その詳細は専門家の間でも見解が分かれています。
軒と木組みの精巧さ
五重塔の各層の軒(のき)を支える木組み——「組物(くみもの)」——は、和様建築の美の核心です。
多数の木材を精巧に組み合わせて屋根の重みを支えるこの構造は、釘を極力使わず木材の組み合わせだけで荷重を分散する日本の伝統木工の粋です。
近くで見ると、軒下の木組みが幾何学的な美しさを持っていることがわかります。石段を歩いて五重塔の前に来たら、ぜひ見上げて軒の細部を観察してみてください。
屋根材——こけら葺き
五重塔の屋根は「こけら葺き(葺:ふき)」と呼ばれる、薄い木の板を重ねた屋根です。東北地方の湿潤な気候に適した、日本の伝統的な屋根工法のひとつです。
こけら葺きの板は、湿ったときにはわずかに膨張して雨をはじき、乾けば収縮して反りを防ぎます。この木の動きを活かして葺くのがこけら葺き師の技で、高い技術によって今も維持されています。
今見えている屋根は過去の修理で更新されたものですが(薄い木の板は定期的な葺き替えが必要です)、その工法は建立当時から変わっていません。
五重塔を比べて見る——他の有名な五重塔との比較
| 塔 | 高さ | 建立年代 | 建築様式 | 指定 |
|---|---|---|---|---|
| 羽黒山五重塔 | 約29m | 室町時代(14〜15世紀) | 和様 | 国宝 |
| 法隆寺五重塔(奈良) | 約32m | 7世紀頃 | 飛鳥様式 | 国宝 |
| 東寺五重塔(京都) | 約55m | 1644年(江戸時代) | 和様 | 国宝 |
| 興福寺五重塔(奈良) | 約50m | 1426年(室町時代) | 和様 | 国宝 |
羽黒山の五重塔は、有名な都市部の五重塔と比べると規模はやや小さいですが、杉並木の中に佇む自然環境の中での存在感は格別です。また東北地方で最古の五重塔とされており(諸資料でそう伝えられています)、その歴史的価値は他に類を見ません。
国宝指定と保存活動
羽黒山五重塔は1966年(昭和41年)に国宝に指定されました。
国宝とは、日本の文化財保護法上の最高位の指定であり、「日本固有の文化の観点から特に重要なもの」とされるものです。現在、五重塔の保存・修理は国の補助を受けながら定期的に行われています。
木造建築である以上、定期的なメンテナンスは不可欠です。将来にわたってこの建物を守り続けるための取り組みが、今も続けられています。
塔の前に立つとき——どこに注目するか
建築の知識を持って眺めると、この塔はぐっと見ごたえのある対象になります。参拝のとき、ぜひ探してみてほしいポイントを挙げます。
・五つの屋根の層とその比率——上にいくほど屋根がわずかに小さくなり、すらりとしたシルエットを生んでいることに注目してください。
・各層の軒の下に見える「組物(くみもの)」——突き出た屋根を支える、密で立体的な木組みの構造です。
・各層の屋根のこけら葺き——薄い板を細かく重ねた、独特の表面の質感を見てください。
・塔の頂をいただく「相輪(そうりん)」——杉木立の間から差す光を受ける、青銅の尖塔です。
・塔と杉の木の関係——この建物が600年立ち続ける間に、周囲の森が育ってきました。
ぜひ15〜20分かけてみてください。塔のまわりを歩き、いろいろな距離から眺め、真下から軒を見上げる。丁寧に見るほど、発見が増えていきます😊
まとめ
羽黒山五重塔は、室町時代に建てられた木造建築が600年以上の時を越えて今なお現役で立ち続けている、驚くべき存在です。
各重がしなやかに揺れる耐震の工夫、こけら葺きの屋根、精巧な木組み——先人たちの技術と知恵が凝縮されたこの建物は、国宝として後世に受け継がれる価値を持っています。
石段を登ってこの塔の前に立つとき、600年以上前の大工たちへの敬意も、ぜひ心の中に持ってみてください😊
→ 五重塔の謎(なぜ神社にあるのか)はこちら(記事No.21)
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